厚労省の調査報告書
令和7年6月11日、共同通信による障害年金不支給倍増に関する一連の報道を受けて、厚生労働省が調査報告書を公表しました。
「令和6年度の障害年金の認定状況についての調査報告書」について|厚生労働省
調査報告書は20ページ以上と多岐にわたるため、ここでは概要のみご紹介し、一部に見解を加えます。
調査のきっかけは共同通信の報道
共同通信の初回報道(3月13日)は、「サンプル調査(複数の社労士が協力)により、23年(令和5年)と24年(令和6年)で計2千件超の申請を集計した結果、精神・発達障害では24年の不支給割合が23年比で2倍に増えていた。」というものでした。
その後、年金機構の内部資料や機構職員への取材から、不支給倍増の背景に次の要因が挙げられていました。
- 機構の障害年金センター長が交代
- 機構の意向に沿う認定医のリスト作成
- カルテ提出を求めるなど審査が厳格化
- 不可解な理由で不支給が倍増
また、記事では直接的な言及はありませんでしたが、令和3年度までは一次審査は認定医、二次審査を機構職員が担当していました。
令和4年度から一次審査と二次審査の担当が逆になり、一次審査(事前確認)が機構職員、二次審査を認定医が担当することになりました。
これは審査体制の合理化を目的にしたものでしたが、実質的に一次審査(事前確認)で等級がほぼ決まるため、機構職員の裁量が大きくするという構造的なリスクを抱えることになりました。
令和6年度の障害年金の認定状況についての調査報告書 概要(1)
Ⅰ.調査の概要
- 調査の趣旨
- 調査の趣旨障害年金に係る一連の報道を踏まえ、日本年金機構と連携のもと、令和6年度の障害年金の認定状況について調査。
- 調査方法
- (1)抽出調査
- 令和6年度決定分から、新規裁定1,000件、再認定10,000件を無作為抽出し、集計。
- 抽出した件数のうち、不支給又は支給停止となった事案について、審査資料等の個別確認を実施。(新規130件・再認定105件)
- (2)ヒアリング調査
- 個別確認を行ったケース(新規130件)のうち、精神障害で「障害等級の目安(※)より下位に認定され不支給となっているケース」等の計64件について、審査担当職員にヒアリングを実施。併せて、センター長等の職員や認定医へのヒアリングを実施
Ⅱ 集計結果(令和6年度)
- 新規裁定
- 新規裁定1,000件のうち、非該当は130件(13.0%)。令和5年度の非該当割合(8.4%)より上昇し、令和元年度の障害年金業務統計公表開始後、過去最高だった令和元年度(12.4%)とおおむね同水準。
- 非該当割合を種類別にみると、精神障害で12.1%、外部障害で10.8%、内部障害で20.6%。令和5年度(精神障害6.4%、外部障害10.2%、内部障害19.4%)と比較すると、精神障害の非該当割合の上昇が大きい。
- 内部及び外部障害は、医学的な検査数値等の客観的な指標が障害認定基準に定められており、不支給事案の個別確認の結果、判断の理由が審査資料に明確に記載されているなど、特段の問題点等は確認できなかった。
- 一方、精神障害は、そうした指標による評価が必ずしもできない部分があり、ガイドラインや障害等級の目安が定められている。この障害等級の目安との関係をみると、不支給事案に占める「目安より下位等級に認定され不支給となっているケース」又は「目安が2つの等級にまたがるものについて、下位等級に認定され不支給となっているケース」の割合は75.3%となっていた。
- 再認定
- 再認定10,000件のうち、支給停止は105件(1.0%)。令和5年度の支給停止割合(1.1%)と同水準。
令和6年度の障害年金の認定状況についての調査報告書 概要(1) (厚生労働省)
不支給割合が増えているのは精神障害のみ
上記の情報をもとに、不支給割合の前年度比較表を作成してみると以下のようになります。
種別 | 令和5年度 | 令和6年度 | 増減率 |
---|---|---|---|
精神障害 | 6.4% | 12.1% | 1.9倍 |
内部障害 | 19.4% | 20.6% | 1.1倍 |
外部障害 | 10.2% | 10.8% | 1.0倍 |
内部障害、外部障害の不支給割合が前年度並に対して、、精神障害は前年度比約1.9倍であり共同通信が行ったサンプル調査結果とほぼ一致していることが分かりました。
再認定(更新)は変化なし
再認定(更新)の支給停止割合は例年1%前後なのに対し令和6年度も1.0%と例年並み。
- 見解
- 精神障害に限定した集計は公表されていませんが、実務でも支給停止割合が増えている印象はありません。
障害等級の目安と異なる決定が急増
目安等による内訳 | 令和5年度 | 令和6年度 | 増減率 |
---|---|---|---|
目安より下位等級となり不支給 | 16.5% | 37.6% | 2.3倍 |
目安が2つの等級にまたがり、下位等級となり不支給 | 28.2% | 37.6% | 1.3倍 |
目安どおりの不支給 | 22.4% | 12.9% | 0.6倍 |
その他(てんかんなど) | 32.9% | 11.8% | 0.4倍 |
精神障害の等級判定は「精神の障害に係る等級判定ガイドライン」で示されている「障害等級の目安」をベースに、生活状況、就労状況を考慮して総合的に判断することとなっています。「目安より下位等級となり不支給」が前年度比約2.3倍となっており、これが不支給割合を押し上げた要因です。
令和6年度の障害年金の認定状況についての調査報告書 概要(2)
(1)組織的な指示や対応があったか
- ヒアリングによると、障害年金センター長から、認定の根拠を明確にすべき等といった指摘はあったが、理事長やセンター長等が審査を厳しくすべきといった指示を行っていた等の事実は、確認できなかった。
- 認定医に関する文書は、ヒアリングによると、担当者間で引継等に使用。職員が担当する認定医は1~3名程度等であり、選択する余地はほとんどない旨の話があり、組織的に認定をコントロールする意図のものとは認められないが、認定の傾向に関することなど、一部に適切ではない記載内容も含まれていた(※)。
今後の対策
- 認定医に関する文書廃止
- 担当認定医の無作為での決定
(2)認定のプロセスに問題がないか(※)
- ヒアリングによると、診断書等に疑義があった場合は、医師等へ照会するなどの話があり、認定基準に定めるプロセスを逸脱している事実は確認できなかった。
今後の対策
ー
(3)個別の認定が適正に行われているか(※)
- 審査書類に、判断の理由が明確に記載されているとはいえず、丁寧さに欠けるものが見受けられる。
- 理由付記文書も申請者にとって分かりにくい記載がある。
- 認定医の審査の参考となるよう、等級案も含め、事前確認票が作成されているが、障害等級の目安と、診断書等の内容(病状の経過、具体的な日常生活状況等)をもとに総合的に認定する仕組みの中では、職員による等級案の必要性は高くない。
- 令和6年度の不支給割合の上昇は、「障害等級の目安より下位等級に認定され不支給となっているケース」等が増えていることが寄与していると考えられる(44.7%(R5) → 75.3%(R6))。
- 令和7年3月の報道を踏まえ、精神障害の新規裁定のうち、その時点で認定医の審査過程で不支給と見込まれた審査中の事案について、より丁寧な審査を行う観点から、障害年金センターに配置される常勤医師による確認を実施し、約1割が支給となった。
今後の対策
- 審査書類に丁寧に記載することの徹底
- 認定事例の作成・考慮要素の徹底
- 理由付記文書の改善
- 職員による等級案廃止(※)
- 今後の全ての不支給事案について複数の認定医による審査
- 過去の精神障害等の不支給等事案の点検
令和6年度の不支給事案(障害認定基準上の「その他の疾患による障害」の基準に基づいて認定する障害を含む。)及び目安より下位等級の事案について、速やかに点検は精神障害に係る部分
令和6年度の障害年金の認定状況についての調査報告書 概要(2) (厚生労働省)
不支給を増やす組織的な意図は否定
報道では、令和5年10月に障害年金センター長の交代した直後から一次審査(事前確認)を担当した職員が二次審査を担当する認定医へ目安より下位等級を提案するケースが増えたとありました。これに対して職員、認定医の双方にヒアリングをした結果、「審査を厳しくすべき」といった指示を行った等の事実は確認できなかった。としています。
- 見解
- 障害年金センター長から「認定の根拠を明確にすべき等といった指摘はあった」「認定医にきちんと説明できるよう精査すべきと言われた」とあり、前後の会話によって「審査を厳しくすべき」と理解(忖度)する職員もいるのではないでしょうか。
例えば、報告書で職員が「認定医からも症状の軽い人の請求が増えているとの声を聞いている」と発言しています。この職員が上司に報告した際「認定の根拠を明確にすべき」「認定医にきちんと説明できるよう精査すべき」と上司から指示された場合等です。
認定医の関する文書は一部不適切な内容を認める
「基本的にこちらの意向に沿って認定していただけますので、認定の方向性や程度、不支給理由に関しても事前にこちらで予め決めておくのが望ましい。」と職員が認定医の判断を誘導するかのような文書が報道されていました。
報告書ではこの文書の存在は認めていますが、担当者の引き継ぎのため、事務的な対応方法のメモであったとのことです。組織的に認定をコントロールする意図はなかったものの、一部に不適切な記述内容があったことは認めています。
認定プロセスから逸脱した審査を行った事実は確認できない
認定基準に「具体的かつ客観的な情報を収集した上で、認定を行う。」「原則として、本人の申立等及び記憶に基づく受診証明のみでは判断せず、必ず、その裏付けの資料を収集する。」とある。診断書等に疑義がある場合、本人または医師等へ照会すること等は認定基準に定めるプロセスから逸脱した審査とはいえない。
- 見解
- 令和5年度以前にも医師照会(カルテ開示)を求められるケースはありましたが、「初診日の確認」に限られていました。令和6年度以降は、「障害等級の判定」を目的にした医師照会(カルテ開示)が急増しました。8年間ゼロだったものが、令和6年度は月1~3件ありました。
カルテは患者の主訴、客観的な所見や検査結果、診察所見、それらを基にした診断(医師の判断)、治療内容(処置や手術、処方等)の記録ですが、それ以外にも要配慮個人情報が含まれていることが多々あります。医療機関が保管するカルテの写しを外部機関へ提供することは、個人情報保護の観点から懸念があります。万が一流出すれば本人に重大な被害をもたらす危険性があります。
認定基準に記述があることを理由として「問題はない」としていますが、個人情報保護を考慮して、カルテ開示を改めアンケート形式の医師照会が適切な対応と思います。
要配慮個人情報とは、「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」をいいます(改正個人情報保護法2条3項)
事前確認票、認定調書の記述は要改善
事前確認票とは、職員が事前に必要な個別の情報を整理した内部資料で、認定医との伝達にも使用します。
認定調書とは、認定医が障害等級判定を行う際、判定プロセスと根拠を記載する内部資料です。
上の認定調書【認定医からの障害の程度の評価・事務連絡等】には「⑩ウ(イ)、カルテ、就労状況より3級」とのみで詳しい記述はありません。「なぜそのような判断に至ったのか」等の明確な記載をしていく等、より丁寧な記載に務める必要がある。としています。
今後の対応策
前述の課題点を踏まえ、大きく分けて4つの対応策が示されました。
1.より客観的かつ公平な認定に向けた改善
- 事前確認票等の運用改善
- 職員による等級案の廃止
- 担当認定医の無作為での決定
- 担当者がどの認定医に審査を依頼するかは、所属とは別の部署が無作為に決定
- 理由付記の改善
- 不支給等の決定理由を、申請者によってわかりやすい記述とする
- 認定事例の作成・考慮要素の徹底
- (就労しているケース等)判断のポイントを付した具体的な認定事例を作成し、職員及び認定医に周知を実施する
- 認定医に関する文書の廃止
- 連絡先や審査場所等、事務的に必要な情報は組織的に管理する
- 複数の認定医による審査の拡大
- 不支給事案について、複数の認定医が審査する
- 障害認定審査委員会の活用
- 複数の認定医が審査した結果、意見が別れた場合は障害認定審査委員会に付議
- 障害認定審査委員会は福祉職等の外部の者の委員会への参画
- 障害年金に関する情報の公表
- 障害年金業務統計は年1回(9月)の公表となっているが、公表頻度を高める等、公表のあり方を見直す
2.不支給等事案の点検
- 令和6年度以降の不支給事案、目安よりも下位の等級に認定され、支給されている事案の点検。
- 点検の結果必要なものは、処分を取り消し、改めて支給決定を行う。
3.障害年金センターの審査体制の見直し
- 点検も含め、対応策を踏まえた審査が滞りなく行われるよう、速やかに必要な体制の確保を行う。
4.報告書を踏まえた取組の確認
- 点検の進捗状況、対応策の実施状況その他必要な事項は、随時公表を行う。
- 見解
- まず、「不支給等事案の点検」にて、過去1年間に不支給と目安よりも下位等級になった事案について点検すること。これは問題解決の第一歩ですので、この報告書の最大のポイントです。報告書P16に、報道を受けて機構が処分前の不支給事案について再確認したところ、約1割が支給に転じたとの記述がありました。今回の対応策を踏まえた点検では、より多くの不支給事案が支給決定、上位等級に処分変更されることが期待できます。
再発防止策の案も実現すれば機能しそうなものばかりです。特に「職員による等級案の廃止」は、(報告書では否定していますが)認定医の判断を誘導する懸念がありました。
ただ、ヒアリングで「残業が多く、毎日書類を処理しなければならない」「精神グループは、特に業務量が多いと感じる」との声がありました。職員が疲弊していることが窺われ、審査体制の見直しが急務である思われます。
最後に、個人的に気になった点を2つ挙げます。
①報告書P7にて、障害年金センター外(医療機関等)で認定を行う場合もあるとのことです。診断書等の審査資料一式を職員が外に持ち出すわけですが、どのような紛失、盗難等の防止策なのか気になります。②複数の認定医で意見が別れた場合、障害認定審査委員会に付議することになっています。報告書P15にて、今回調査した新規裁定の1000件には障害認定審査委員会が関わった事案はないとのこと。1000件のうち1件(0.1%)すら付議されておらず、これまでどの程度の割合で障害認定審査委員会が活用されていたのか気になります。

- 小西 一航
- さがみ社会保険労務士法人
代表社員 - 社会保険労務士・精神保健福祉士