「発達障害は早く受診すると障害年金で不利になる」?
ここ数日、SNSでは、発達障害のあるお子さんを持つ親御さんや当事者インフルエンサーの間で、障害年金の初診日に関する議論が大きな話題となりました。
議論の内容は、次のようなものです。
- 「幼少期に発達障害(疑いを含む)で受診すると、大人になってうつ病になっても障害厚生年金は受給できなくなる」
- 「発達障害とうつ病は別の病気なのだから、うつ病の初診日が厚生年金加入中であれば問題なく受給できる」
- 「いや、年金機構では一連の傷病として取り扱われることがある」
- 「社会的治癒が認められれば初診日はリセットできる」
- 「発達障害では社会的治癒は認められにくい」
- 「一方で、発達障害でも社会的治癒が認められた受給事例がある」
このような議論が行われること自体は、制度への理解を深めるきっかけとなるため、決して悪いことではありません。
しかし、問題なのは、一部の情報だけが切り取られて拡散され、それを見た方が制度全体を理解しないまま結論を出してしまうことです。
実際にSNSでは、発達障害のあるお子さんを持つ親御さんから、
- 「幼い頃に病院へ連れて行ってしまったことで、将来、障害厚生年金を受けられないという十字架を背負わせてしまった。」
- 「将来不利になるなら、病院には連れて行かないほうがいいのではないか。」
といった切実な声も見受けられました。
もし、このような誤解から必要な受診を控えてしまうことになれば、お子さんにとって適切な診断や支援を受ける機会を失うことにもつながりかねません。
そこで本ブログでは、SNS上で語られている情報を前提にするのではなく、障害年金制度の考え方や実務上の取扱いを踏まえながら、誤解されやすいポイントを整理し、できるだけ分かりやすく解説します。
❶20歳前の傷病による障害基礎年金とは
日本では、20歳になると、国内に住むすべての人が国民年金の被保険者となります。
この被保険者期間中に初診日がある病気やケガが原因で一定の障害状態になった場合は、「障害基礎年金」を受給できます。また、初診日に厚生年金に加入していた場合は、「障害厚生年金」の対象となります。
一方、20歳になる前に初診日がある病気やケガが原因で一定の障害状態になった場合には、「20歳前の傷病による障害基礎年金」を請求することができます。
このように、障害年金制度は、大きく次の3種類に分類されます。
- 障害基礎年金
- 障害厚生年金
- 20歳前の傷病による障害基礎年金(20歳前障害)
それぞれの特徴や支給額(令和8年度)は、下の表をご覧ください。
| 20歳前障害 | 障害基礎年金 | 障害厚生年金 | |
|---|---|---|---|
| 初診日 | 20歳前かつ 厚生年金の被保険者以外 |
国民年金 第一号(無職・自営業等) 第三号(主婦・主夫) |
国民年金 第二号(厚生年金の被保険者) |
| 等級 | 1級・2級 | 1級・2級・3級 | |
| 基本額 | 1級:1,059,125円 2級:847,300円 |
左記の障害基礎年金に加えて報酬比例の年金額が上乗せ 1級:300,000円~1,050,000円 2級:240,000円~840,000円 |
|
| 3級:635,500円~840,000円 基礎年金は支給されない |
|||
| 子の加算 | 2人まで:243,800円/人 3人目以降:81,300円/人 |
1級・2級は左記と同額 | |
| 3級:なし | |||
| 配偶者加給 | なし | 243,800円 | |
| 3級:なし | |||
| 年金生活者支援給付金 | 1級:7,025円(月額) 2級:5,620円(月額) |
1級・2級は左記と同額 | |
| 3級:なし | |||
| 所得制限(支給停止になる所得額) | 479.4万円超:全額 376.1万円超:1/2 |
なし | |
| 国民年金保険料の法定免除 | あり | 1級・2級:あり | |
| 3級:なし | |||
| 傷病手当金との調整 | なし | あり | |
| 児童扶養手当との調整 | 子の加算部分のみ | 1級・2級:子の加算部分のみ | |
| 3級:全額が対象 | |||
| 生活保護の障害者加算 | あり | 1級・2級:あり | |
| 3級:なし | |||
➋幼少期の受診歴と、大人になってから発症したうつ病等の初診日の考え方
結論として、大人になってからうつ病等を発症した場合でも、原則として、その初診日は幼少期に受診した発達障害(疑いを含む)の初診日を引き継ぐことになります。
具体的な取扱いについては、厚生労働省の疑義照会「知的障害や発達障害と他の精神疾患が併存している場合の取扱い(情報提供)【給付情 2011-121】」(2)で例示されています。
(2)発達障害と診断された者に後からうつ病や神経症で精神病様態を併発した場合は、うつ病や精神病様態は、発達障害が起因して発症したものとの考えが一般的であることから「同一疾病」として扱う。
知的障害や発達障害と他の精神疾患が併存している場合の取扱い(情報提供)【給付情 2011-121】
うつ病などは、発達障害の二次障害として生じることが少なくないため、厚生労働省は、原則として発達障害とうつ病等を一連の傷病として取り扱い、初診日は発達障害の初診日を引き継ぐものと整理しています。
❸発達障害では、なぜ社会的治癒が認められにくいのか
社会的治癒とは、いったん症状が軽快した後に同一の疾患が再び生じた場合であっても、一定期間にわたり社会生活に支障なく過ごしていたと認められるときは、その間を「治癒」とみなし、再発後の症状を別のものとして取り扱う考え方です。
ここでいう「治癒」は医学的な完治を意味するものではなく、あくまで社会保険上の観点から判断されるものです。
初診日から現在までの間に、どこかの時点で発達障害の診断が付いている場合、社会的治癒は認められにくい傾向があります。これは明確な理由が示されているわけではありませんが、生まれつきの特性とされる点が影響していると考えられます。
もっとも、必ずしも認められないわけではなく、当社でも、数は多くありませんが、発達障害でも社会的治癒が認められたケースはあります。
❹障害厚生年金が必ずしも有利とは限らない理由
同じ2級であれば、障害厚生年金は障害基礎年金に加えて報酬比例額や配偶者加給年金額(要件あり)が支給されるため、一般的には障害基礎年金より有利な制度といえます。
しかし、近年は精神の障害厚生年金2級の認定ハードルが高くなっていると感じます。
例えば、
- 一人暮らしをしている
- 休職中
- 障害者雇用で働いている(就労移行支援等含む)
といった事情がある場合には、2級相当と思われる事案でも3級と判断されるケースが少なくありません。
さらに、診断書や病歴・就労状況等申立書に「改善」「軽快」「自立」といった記述や「仮定表現」「対比表現」があると、他の内容が2級相当であっても、それらの記載を重視して3級と判断されるケースも見受けられます。
このような実務上の傾向を踏まえると、障害基礎年金であれば2級に認定される可能性がある事案でも、障害厚生年金では3級にとどまるケースが一定数あると考えられます。
イメージ化すると、以下のようになります。

私の実務上の感覚では、この傾向は年々強まっており、今後も大きく変わることはないと考えています。
障害厚生年金3級と比較すると、障害基礎年金2級には、以下のようなメリットがあります。
- 子の加算が支給される(要件あり)
- 年金生活者支援給付金の対象となる場合がある
- 国民年金保険料の法定免除の対象となる
- 傷病手当金との併給調整がない
- 児童扶養手当との調整は、原則として子の加算額のみが対象となる
- 生活保護を受給している場合は、障害者加算の対象となる場合がある
このように、障害厚生年金3級よりも障害基礎年金2級の方が有利となる制度も少なくありません。
❺最も大切なのは、必要なときに必要な医療につながること
私自身、当事者やご家族から「もっと早く受診していればよかった」というお話を伺うことはあっても、「早く受診したことを後悔している」という声を耳にすることは、ほとんどありません。
日本では、診断を受けることで利用できる支援や制度が大きく広がります。医療や福祉サービス、学校や職場での合理的配慮など、早い段階で必要な支援につながることで、その後の生活や将来の選択肢が広がることも少なくありません。
そのため、最初に考えるべきことは、「将来どの障害年金が有利になるか」ではなく、必要なときに適切な医療につながることだと私は考えています。
親御さんが、「20歳前に受診したことで、将来、障害厚生年金を受けられなくなるのではないか」と不安になるお気持ちはよく理解できます。それは、お子さんの将来を真剣に考えているからこその悩みでしょう。
しかし、本当に大切なのは、
- 必要な時期に適切な診断を受けること
- 学校や職場で必要な配慮や支援を受けられること
- 二次障害を予防し、必要に応じて早期に治療を開始すること
- 孤立することなく、必要な支援につながること
ではないでしょうか。
障害年金は、生活を支える重要な制度です。しかし、それは数ある支援制度の一つに過ぎません。
将来の障害年金制度だけを理由に受診をためらい、今受けられる医療や支援の機会を失ってしまうことがあれば、それはお子さんにとって大きな不利益となる可能性があります。
だからこそ、将来の障害年金制度への不安だけで受診を控えるのではなく、お子さんが必要なときに適切な医療や支援につながれる環境を整えることを、何よりも大切にしていただきたいと思います。
- 小西 一航
- さがみ社会保険労務士法人
代表社員 - 社会保険労務士・精神保健福祉士
