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公開日:2023/10/18
  最終更新日:2024/02/27

【うつ病での障害年金】夫がうつ病になった日、から《ご家族による体験記》

【障害年金体験談】夫がうつ病になった日、から
傷病名
うつ病
受給できた年金
障害厚生年金2級(遡及)

夫がうつ病になった日


夫がうつ病になったのは、息子が3歳。娘が1歳。私が専業主婦のときでした。
はじめは仕事を辞めれば、うつ病は治ると思っていたので、夫はすぐに退職しました。

退職後すぐは、仕事の圧迫もなくなり、快適に過ごしているように見えました。
私は貯金を切り崩しながら、夫の気持ちが楽になるように、なるべく働いているときと同じ生活ができるように努めました。
半年は何とか生活できる貯えがあったので、夫の病気が楽になるのを気長に待つことにしました。

しかし、夫の病気は悪化していきました。
人混みに行けばパニック発作を起こし、頭痛、めまい、吐き気。何より酷い抑うつにより、包丁を抱いて寝たり、家を飛び出していくなど、感情のコントロールをすることができなくなっていきました。
夫が退職してから半年、気がついたら貯金も尽きてしまいました。

夫は病気が悪化したまま、家族の生活費のために新しい企業に就職をしました。

病気でも働く日々


夫は、病気と戦いながら仕事を続けました。
職場での人間関係が良好なときでも、季節の変わり目、疲労の蓄積でうつ病は悪化し、朝体を起こすこともできませんでした。
それでも夫は震えながら「仕事に行かなければ、仕事行かなければ……」と呟き、毎日必死に戦いました。
そんな夫を無理に出勤させれば、取り返しのつかないことになってしまうと思い、会社には病気が悪化する度、長期休暇を頂いていました。

はじめは会社の人も「無理しないように」と言ってくださいましたが、何回も長期休暇をお願いすることになると、どこの職場に行っても、人間関係に亀裂が入り、退職を余儀なくされていきました。
うつ病を発症して以降、夫は1年以上仕事を続けられたことはありません。もちろん安定した給料を稼ぐこともできません。
それでも私達は4人家族。子どもたちの保育料も、将来の学費も稼がなければいけませんでした。
私も直ぐに働きに出ましたが、夫の病気は悪化するばかりでした。

病気が悪化する日々


私の就職を機に、夫はまた退職しました。
病状は悪化するばかりで、夫に育児・家事を任せることもできませんでした。
「自分は家族のために、家事育児をすることもできないのか」と落ち込む夫は、希死念慮に駆られることも多くなっていきました。
病気と戦う夫を支えながら、私は生活費とも戦っていました。

安定して働けない夫。「今月は週3でしか働けない」「先月は週4だったのに、今月の支払い2万足りない……」毎月の支払いが毎日毎日心配になる日々でした。
娘の保育園料の680円すら払えないときは、虚しさと悲しみでどうしようもなくなりました。
家に手紙が届けば、「また家賃が支払えなかったのかな……」と、ポストを開けるのに激しい動悸がする日々でした。

病気の夫を責めることはできないけれど、それでも「今月は、〇〇円足りないの……」と病気で苦しむ夫に無理に出勤を頼むこともありました。
その度に「私はなんて酷い人間なのだろうか」と自分自身を責める日々でした。

申請を断念した日


障害年金の情報は、夫の精神障害者保健福祉手帳が発行された1年目に親が教えてくれました。
私はすぐに年金事務所に相談に行きました。
しかし、その時、夫はアルバイトで働くことができていたタイミングだったため、年金事務所の窓口で「旦那様は該当しません」とあっさり言われてしまいました。
2時間待ち続けた窓口の対応は2分でした。
この苦い記憶から、一度は障害年金を受給するのは諦めました。

もうどこにも頼れないのか。そう思いながらも、うつ病は夫も生活も蝕んでいきました。
貯金もできず、子どもの学費もやっとな生活でした。子どものためにお菓子1つ買ってあげられないそんな日々の中、絶望だけが毎日そばにいました。
お金がなくなればなくなる分だけ、夫の病気は悪化し感情はコントロールできず、私や子どもたちへの罵声や物を壊す日々に、離婚を考えた時もありました。
それでも、夫との生活を諦めきれなかった。家族4人笑顔で笑って暮らしたい。そんな当たり前の夢が、私達にはとても遠く、輝いてみえました。
何か、何か希望はないだろうかと、年金、保険、行政の補助、カウンセリング、病院など、うつ病、精神病に関する多くの資料を読み、学び続けました。

社会保険労務士を知った日


うつ病生活5年目のある日、社会保険労務士の広告を見つけました。
それは、『働き者の夫がうつ病になり、子どもたちの学費をどうしたらいいの?』というものでした。
そこで、働けない夫の障害年金を受給して、子どもたちを塾にも通わせてあげられて、貯金もできる。安心して生活できるようになった。という広告でした。

4年前、年金事務所を訪れた時、夫は普通のアルバイトをしていました。でも5年経った今、夫は障害者雇用で働いています。
「これなら、障害年金の受給資格があるのではないか」
そう思い、直ぐに障害年金の申請する方法を調べました。

自分で申請する方法と、社労士に任せる方法があると知りましたが、毎月の支払いもままならない状態で、支払いが必要な社労士にお願いするという選択肢は私にはありません。自分で申請できる方法を探しました。
しかし、調べれば調べるほど、独力での申請ではデメリットの方が多いことを知りました。

まず、

  • 書類が揃わない。
  • 書類が揃っても申請窓口で不備を指摘されることがある。その不備に素人だと気が付けない。
  • 申請窓口で「受給資格がありません」と言われたら、申請もできない。

苦い記憶が蘇りました。
2時間と2分で終わった初めての年金事務所の窓口。
そこから、私は社労士にお願いする選択肢を考え始めました。

さがみ社会保険労務士法人に決めた日


社労士を検索すると、すごい量の社労士情報が出てきました。
私は覚悟を決めて、そのホームページ一つひとつをすべて見ていきました。
ホームページ記載の住所は本当にあるのか、依頼内容、支払い方法、口コミ、受給されなかった際の不服申立依頼の内容、着手金の有無などすべて確認していきました。

その中で、一番口コミ評価が高かったのが、さがみ社会保険労務士法人でした。
何より惹かれたのは、「着手金0円」「受給できなければ報酬0円」というところでした。

生活すら厳しいこの現状で、「先に支払う」「受給されなくても支払う」そんなこと、ひっくり返ってもできません。そんな我が家に希望のような条件でした。

そして、決め手となった言葉はホームページに記載されていた『直近1年間では、就労していない方の受給決定率は100%です。つまり、着手金、事務手数料などの名目で事前支払いをいただかなくても、事務所の維持・運営の原資である対価(成果報酬)の収入を見込むことができます。』

安いには理由がある。という考えの私には、「手付金がなくても大丈夫な理由」を聞けたのは、とても安心できるものでした。

この言葉に、この社労士にお願いしようと決め、無料相談に連絡しました。

無料相談のあとの緊張の日々


無料相談では、「これでもか!」という量の文面で、今までの5年間を書き連ねました。

  • 夫が病気で働けないこと
  • 働いても1年もたず退職すること
  • 職場でも長期休みをもらってサポートしてもらっていること
  • 精神障害者保健福祉手帳は2級であること
  • 今は障害者雇用で働いていること
  • 子どもや私に対する暴言、暴力があること
  • 昔、年金事務所に聞きに行ったが受給できないと言われたこと
  • 本当に障害年金はもらえないのか

何も包み隠すことなく、すべてを無料相談に注ぎ込みました。
これで無理なら諦めようと。そう思うほど、全力で相談しました。

相談結果は、メールでいただいきました。
「旦那様は障害年金を受給できます。」と返信を頂きました。

この瞬間は、本当に涙が出るほど嬉しかったです。
まだ、支給されたわけではないのに、苦しかった5年間を「良く頑張りましたね」と言われたような安心感でした。

返信のメールには、何故受給対象なのか、事細かに説明してくださりました。
その後も、そのメールに何度も質問をしました。

  • 受給金額はどのくらいになるか
  • 今は夫が働いているが大丈夫か
  • 病院を転院していること
  • 本人が病院嫌いで全然病院に行かないこと
  • 初診日が必要とあるが、5年も前のカルテがあるだろうか

すべての質問に丁寧に答えて頂きました。
このメールのやり取りがあったからこそ、依頼をお願いしようと強く思うことができました。

依頼をお願いしたのが10月。その時夫は働いていました。
夫は2級または3級の可能性があり、2級は子や配偶者の加算があるので3級に比べると3倍多く受給できるとのことでした。
しかし、障害者雇用であっても、就労していると2級は難しいとのことでした。
そのため、障害年金の等級は3級を目指して申請を進めていくと連絡がありました。

夫が働けているときに、障害年金の申請をお願いしたのは、成功報酬の「月支給額2か月分」が安心して払えると思ったからです。

2級は2級に比べて障害年金の支給額は減ってしまいますが、私達は障害年金が欲しいのではなく、夫の「家族のために働かなければ」というプレッシャーを少しでも軽減させたかったのです。
なので、等級は気にせず、申請代行の依頼をしました。

しかし、申請をお願いしている最中に、家族皆でコロナにかかり、特に症状が酷かった夫は抑うつが悪化し、職場に出勤できず、何度も長期休みを取るようになってしまいました。
結果、人間関係が悪化し、夫は上司から無視されるようになりました。
それでも、何とか仕事を続けていましたが、あまりにも疲弊していく夫を見かねて、2月に退職願いを提出しました。


夫の病状の悪化は、さがみさんにお伝えしていました。
もしかしたら退職してしまうかもしれないと伝えていたので、夫の退職を伝えると、直ぐに2級の可能性を探っていただきました。
担当の精神科の先生とも連絡を取っていただき、3級ではなく2級を目指しての手続きもすべてさがみさんにお任せしました。私はさがみさんの事前連絡と結果報告をメールで受け取っているだけでした。

その後、3月に『申請書類を提出しました』と連絡を頂き、そこから『早くて3か月で結果が出ます』と教えて頂きました。

毎月の生活費は、実家からの支援やすずめの涙の貯金で何とかやり過ごし、やっと迎えた6月。
届いた結果は、遅延届けでした。

もう、あの時は本当に心臓が痛いくらい動揺してしまいました。
お金はもうない。来月は本当に生活できないところまで来てたのです。
しかし、さがみさんから『遅延届=不受理でなく、少し手間取ってるだけ』と聞き、なんとか平静を装い、結果報告の手紙を待ちました。

不安になってくると、タイミングを見ていたかのようにさがみさんからメールが届きました。
年金事務所に連絡をしてくださり、『7月頭に届くはずです』と教えていただきました。
そして、教えていただいた日より1週間早く、6月末に結果が届きました。
結果は、障害等級2級でした。

障害年金受給後の日々


遡及請求で5年分も遡って受給することができました。
この病気と戦い始めて5年間。初めて、毎月のお金の心配をしなくて良くなりました。

子どもたちも小学生になり、やりたがっていた習い事も、医師から酷いと言われた歯の矯正もさせてあげることができる。
なにより、夫に『もう働かなくていいんだよ』と笑って言ってあげられたこと。
夫と2人で泣きながら、喜びました。

今は、生活の不安もなく病気と向き合っている日々です。
生活の不安がなくなっても、働いていなくても、夫の病気は悪化するし、不安定にもなります。
私の声が届かない時は、子どもたちが夫の手を取り、抱きしめています。
「まだまだ家族みんなで支えていかなければ!」と思う日々です。

うつ病は、本人も家族も本当に苦しい病気です。
夫との離婚を考えたのも、この5年間で1回、2回ではありません。
でも「生活が苦しいから離婚する」この選択肢を無くせたのは、障害年金のおかげです。
尽力してくださった、さがみ社会保険労務士法人の皆さんには、本当に感謝してもしきれません。

生活費が足りず、泣きながら両親にお金借りた時もありました。
一人夜中のトイレで、将来の事、夫の病気が治らないことを嘆き、泣いたときもありました。
そんな日々が、全て報われた気持ちです。

今、私は少し余裕ができ、社労士の資格の勉強をしています。
社労士になるのは難しくても、私たちうつ病家族を支えることができる相談の場が作れればと思っています。
あの時「何か、何か希望がないか」と、苦しみ探し諦めなかった私のように、今まさに、絶望に負けそうなうつ病家族の人々がいます。
そんな人が、簡単に不安なく相談できる場所を作りたい。
障害年金のおかげで、私達の生活に未来を考える余裕ができました。

何もない日でも、ケーキ買って帰れる幸せ。この気持ちをずっと忘れずに感謝しながら、夫との病気と子どもたちの将来、自分の未来に向き合っていきたいと思います。
尽力してくださったさがみ社会保険労務士法人の担当者さんには本当に感謝しても足りないぐらいの幸せを、今感じています。本当にありがとうございました。

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